過去の一言


2003.04.30 無情

愛、憎悪、楽しさ、痛み、幸せ、切なさ、喜び、苦しみ、、、。

目覚めると、嘘のように翌日の感情の記憶は薄れ失われる。

情景を呼び覚まし、後からまたその感情を確認できることは少ない。

きっと残っているものが大切なものなんだろう。



2003.04.28 風の引力

ダグラス・ラミス氏のstreet teach inの為、国会裏、衆議院第二議院会館前へ。天気がとてもよかった。

その後マンガ喫茶でサザンアイズを最後まで読破。おそらく現在連載が終了しているマンガの中ではトップ3に入るほどハマったこのマンガ、十年近くかかってやっと読み終わった。連載自体は昨年あたりに終わったらしい。面白いだけじゃなく、個人的にはいろいろと得るものが多かった。なんで?とかいわれそうだが。

GWというのはあまりいい制度じゃないですね。246三宅坂から大和まで3時間以上もかかったよ、、、。



2003.04.27 選挙の結果

大和市長選は現職の土屋氏が当選。おめでとうございます。もう一期頑張ってください。

市議選は引退された村越さんの議席を佐藤さんが受け継いで、共産党議席は維持。他に社民党・神奈川ネットワーク運動が議席を増やした。満足満足。

しかし驚いたのは菅原なおとし氏だ。選挙結果を見る限り、なんと一位当選で、票数も6000票代と、二位の3000票代を大きく引き離している。若さにかけていれようか悩み、結局宮応さんにしたけれど、ぎりぎり当選くらいかと思っていたのだが、、、。この票数が何を意味しているのかについてはいろいろ考えるところがあるが、何はともあれ頑張ってもらいたい。

相変わらず自民・公明が票を伸ばし、滋賀・豊郷町に至っては一体何をやっているんだ、という感じであるが、一方で平塚市の大蔵氏、東京6区の小宮山氏など、励まされる結果もある。

さて、選挙は終わったけれど、ここからがスタートだ。民主主義では市民の参加は選挙だけではない。これからようやく参加ができる。



2003.04.26 8823

夕焼けが見たくなって飛び出した。

日没まであと一時間半。見たい景色を思い浮かべた。金沢区から横須賀に至るまでのどこか。そして葉山と鎌倉の間で海を見ながら。当然ながらある程度の距離がある。二つなんてはっきりいって無茶だ。

湘南台、鎌倉街道、抜けて16号。高台に上ったらちょうど空が燃え始めた。適度に雲がある。

若い緑の頭上広がる大空に、橙の巨大な鷲が翼を広げていた。数年前にみたことがある景色。

再会もつかの間、急いで逗葉新道に乗り、134へ。海が見えた時にはもうヘッドライトをつけていた。それでも鎌倉からは海の向こう、江ノ島の上にまだピンク色が残った雲。そしてその上に浮かび闇から立ち上がる富士。祈ってみるもんだ、信じちゃいないカミサマって奴にも。

江ノ島に到着するまでに電話をかけた。しばらく連絡をしていなかった神戸のアイツと埼玉のアイツは元気そうだった。

深呼吸。大きく深呼吸。

さ、肩の力抜いて、ゆっくりいきましょうか。



2003.04.25 TSUNAMI

いつもの外、テンポ、そして雨。

あのCDを探したけれどどこにも見つからない。実家においてあるんだろうか。買うかなぁ?今時細長いシングル売ってるんだろうか?

落ち着いたような、むしろ落ち着かないような。分かったような、全く分からなくなったような。見たことあるような、そして知らないような。

URLはやっぱりそのままだった。このシーバスはこれで最後の一杯。意味を持たない湘南台。

そして雨。



2003.04.24 統一地方選

大和市長選挙はなかなか難しい。現職二期八年市長を務めた土屋氏に元民主党で国政中心に活動していた若手(34歳)池田氏の対決。どちらも別に悪いわけじゃなく、だからこそ余計に悩む。

土屋氏は前回は無選挙で当選。八年前も六党支持。これは結構大きい。厚木基地の夜間飛行訓練(NLP)の停止、デモフライトの中止、地域通貨の認可、積極的なIT化など評価すべき点は多い。一方、オークシティをはじめとする市外企業への公共事業委託及び助役(副市長)の廃止など批判もある。今回は池田氏同様無所属での出馬で、横浜市長中田氏及び労働組合の連合神奈川の支持を受けている。

池田氏の政策もなかなか面白く、助役の復活及び増員(二人に。女性の起用にも積極的)、周辺市との積極的な強調(新知事の松沢氏も元民主党で今回無所属で出馬したため民主党つながりで選挙協力をしているらしい)、交際費(600万円)の全廃などからはじまり、治安問題など積極的だ。

さて、わからなくなったら聞くのが一番。ということで、選挙事務所巡り。

土屋氏の事務所は大和駅前。年配の方が多い。記名をしてパンフレットをいただき、いくつか質問を。「若い人なんだから政策を読んで、相手の人の意見も読んで、良く考えてみてください」と笑顔で言われた。

池田氏の事務所はオークシティ前。若い人が多い。が、話の相手をしてくれたのは中年のおじさん(建設業)で、いやー、しゃべるしゃべる(^^;土屋さんの二期で問題があったところは?という質問が拍車をかけたようだ。しかし妙に説得口調で、こっちがあまり知らないと思ってか結構テキトーなことも言っていた。適度にそれらにつっこむうちにだんだん慎重になってきて、詳しく政策をまとめた18ページの「マニフェスト」を読んでください、という方向で終わった。

池田さんのマニフェストは長いのだけれど、彼が土屋さんの政策が具体的でない、といっているわりには具体的ではなかった。一方、かなり市民まかせな土屋さんの福祉・教育・治安政策には若干不安を覚えた。

最終的な結論は27日以降、また。


さて、市議会や区議会の議院選挙はなかなか誰を選んだらいいかわからず難しいかもしれませんが、参考になると思いますので以下のリストをご覧下さい。
「有事法制に反対する地方自治体議員・共同アピール」賛同者



2003.04.23 選挙カー

選挙カーについてはまだ僕に選挙権がない頃ではあるが、この「ひとこと」で既に述べた。(1999年4月21日)

意見の若さを感じるが、しかし我ながら的を得ていることを言ったものだと思う。

4年経ってまた統一地方選挙。住居も藤沢から大和に変わり、事態は悪化している。そう、今朝は午前八時から閑静な住宅街を選挙カーが走る。

近所迷惑もいいかげんにしてもらいたい。



2003.04.20 Always Look on the Bright Side of Life

再確認と新発見と、そしてまた再確認と。諸行無常ってヤツかいね。

確実に、間違いなく、そしてまた確実に "limitation"は置かれていく。要するにそれを超えなきゃね。

なんなんだろうな、解決すべきものも解決方法も、はたまたあるべき理想も手中にあるから

まぁつまりなんだ、前向いて歩くしかないってか。

ケセラセラって笑って、時を越えて。

日本中に散らばり行く親友達を応援しつつ、遊びに行く場所が増えたと喜びましょう!

(一人で飲んでるけど、)乾杯!



2003.04.19 My Winding Road

良く考えてみると、昨日の「ひとこと」は大変失礼な話だ。G-language Projectはあくまでプロジェクトメンバーみんなの成果であって、それは大きい。足りないのは僕のリーダーとしての資質であり、プロジェクトメンバー全員が時間とアイデアと能力を惜しまず発揮してくれた貢献は評価されて当然だ。

小学校二年生の一学期、香港から日本の目黒区の小学校に転校する時、担任だった佐藤先生は「荒川君はいずれグループの中心となっていくような人になると思います」と最後におっしゃった。あの時いただいた香港日本人小学校のメダルは気に入っていてなぜかいつも目に見えるところにおいてあり、今はモニタの前が定位置になっている。しっかしねぇ(^^;ごめんなさい、佐藤先生、俺リーダーとかそういう資質ないですよ。常に心の中は弱気でいっぱいだし、どうやったらマイケル=ムーアみたいに強くなれるのか想像もできない。

と、書いてみて、佐藤先生を思い出す。「算数」の教え方がとてもうまかった。数字をいろいろなものに例えて教えてくれて、みんな楽しく笑いながら引き算を習っていた。春休みに北海道の雪祭りに行かれた先生は、ちょうどクラス全員分の絵葉書を買ってきてくださった。探せばまだどこかに大切にしまってあるはず。

どういう場面だったかは覚えていない。僕がクラスで何人か指名して、その人に何か回答してもらう、みたいな場面があった。その時、僕は元気たっぷりに「佐藤先生!」と指名したつもりが、大きな声で「おとうさん!」といっていた。記憶がある限り一番最初に恥ずかしいと思った瞬間だったかもしれない。別段佐藤先生は父に似ていたわけではなかったが、それだけの親しみがあってでた言葉なんだろう。恥ずかしかったことしか覚えていないが、あの時佐藤先生はどんな表情をしていたっけ?

あー、もう、わかりましたよ、先生(^^;頑張りますって!



2003.04.18 力

恐怖観念にとらわれているのだろうか。「知」の欲求というよりは、むしろ緊迫した切望により眠れない。

大学の図書館に行くたびに、一面に並べられた人類の知の集積に感動し、ついつい声をあげたくなる。一冊一冊に閉じ込められた英知の欠片達を僕は解放し、制覇しなければならない。そんな純粋な欲求も今は自らの無知を嘆き急かす。

SFCに本郷毅史君という人がいる。彼はアフリカ最南端の喜望峰から日本まで、40カ国4万5千キロの道のりを単独3年5ヶ月をかけて自転車で走破した。僕は彼に会ったことがある。いや、正確には彼を見たことがある、というべきだろう。慶応義塾塾長賞候補者が集まる会に参加していた時、その旅の凄さに興味を持った多くの人に囲まれパスポートに幾多と押されたビザを見せながら楽しげに語るポニーテールの彼を僕は横目で見ていた。是非話を聞いてみたかった。でも人見知りする弱小で卑怯な僕は、たまたま僕に話し掛けてくれた人に自分の研究のことを話しながら、ただ彼を見ていた。

AERAに本郷君の紀行文が載る、というニュースを見て、彼のサイトにいってみた。そしてその旅行記を読んでみた。文章力、込められた気持ち、越えてきたもの、その全てにおいて尊敬するしかなかった。あの会の時と同じだ。もし本当に賞というものが評価すべきものに与えられるなら、彼こそがふさわしい。

僕は狙って塾長賞を受賞した。慶応に入学した時に、とりあえず到達点としてこの賞を目標にしていた。ある意味戦略的に着々と準備した。こう書いている間も気持ち悪くて反吐が出そうだ。どんなにくだらない人間なんだろう、僕は。嫌いだ、ただただ嫌いだ。

何やってるんだろうな?少しは本当の力をつけないと、、、。



2003.04.17 波乗りジョニー

やっと待ちに待った春がきた!と思ったら、あれれ?通り越して夏ですかい?!

天気と陽気につられる日和見主義者はそのまま授業サボってドライブへ。茅ヶ崎から鎌倉までの134は早速混んでいて、夏が俺を呼んでいた。

気温が高いということはエネルギーが豊富に存在しているということで、どうも僕は気温が高い方が何かと調子がいいようだ。

「弱気な性と裏腹なままに 身体疼いてる」by 桑田佳祐



さようなら東京都民

民主主義によりこうなった結果です。1000万人の東京都民のみなさん、民主主義としてちゃんと責任をとってください。あとでこうなるはずじゃなかった、というのはナシです。全てはあなたたちの責任です。

さようなら東京都民。

神奈川県の一市民より。





統一地方選

[都知事選四年あれこれ]
キャッチフレーズは「東京から日本を変える」
・カラス撲滅を目指し雛と巣を処分。
・「不法入国した多くの三国人」発言で「差別発言」とやり玉にあげられる。
・羽田空港国際空港化の取り組み。
・靖国神社参拝で「都知事・石原慎太郎」と記帳(参拝違憲の確認と賠償などで小泉首相とともに提訴される)。
・都庁内に映画など撮影許可の窓口「東京ロケーションボックス」設置。
・大型ディーゼル車高速道路利用税(一回の首都高通行に100〜200円課税)で年約50億円の税収見込み。
・産業廃棄物税(産廃排出事業者対象に課税)で年15億円の税収見込み。
・原宿・大型留置所建設構想。
・米軍横田基地の返還・軍用共用化交渉。
・女性財団廃止、東京ウィメンズプラザ直営化。
・「ビッグレスキュー東京2000」実施(「自衛隊大量動員の防災訓練は違法」と経費返還求めて提訴される)。
・外形標準課税導入(都市銀行が行政訴訟を起こし裁判中。二審も東京都敗訴)。
・首都移転には猛烈反対。
・都立養護学校の一部で「つくる会」教科書を採択決定し、全国で突出した採択結果に。
・お台場カジノ構想。
・「ババァ発言」で提訴される。
月刊あれこれ


補足すると、銀座に戦車を走らせた「ビッグレスキュー」は石原氏の趣味のために一日三億の税金が無駄遣いされた。また、「ババァ発言」は松井氏の発言を意図的に歪曲し捏造したもの。さらに、臨海開発の赤字は数百億で、課税を増やしてもまったくカバーできていない。詳しくは自然と人間参照。

なお、以下は「軍国おじさんに平和ボケばあさんの対立軸なんていいじゃないですか」と言い出馬した樋口恵子氏(無所属。民主・社民が支援)の発言。

「同じ年の男が、同じ12才で敗戦を迎えた男が、なぜ、あんな風になったのか! その怒りが私を都知事選に立候補させた」

「平和を貫くのは、かっこわるいことです。時にコウモリになる、時に矛盾を感じる、時にずるがしこい時だって。かっこよさを追求したら、そりゃ戦争ですよ。それでも、そうしないことが、人間の知恵と理性ってもんじゃないですか」
Love Piece Club


「試すのもいいんじゃないか?その時日本がどこへ向かうのか。でも僕は逃げる・・・他国からゆっくりと高みの見物をさせてもらう。後からこんなはずじゃなかったと身悶えするのはなしだよ。だって僕たちの選択なのだから。」
森達也(ドキュメンタリー映画監督)






2003.04.06 ヒカリへ

一つの仕事はあきらめた。もう一つの仕事は今日だと期限を勘違いしていたらあと4日あった。というわけで今日は仕事やめてひたすら反戦運動。

しかしあれだ、本業以外でMission Impossibleをやったのは今回がはじめてだろう。全く、自分が参加できないってのになぁ(^^;ホント、頼むぜクマさん。意地でも成功させてくれ。

そうそう、ROBODEXは結局いけなかった。さすがにほぼ三日ぶりの睡眠ともなると身体が許してくれないらしく、寝過ごしちまった。でもいいさ。アトム世代のロボット研究の皆さん、もうちょっとしたら俺がそっちに加わるから、それまで頑張ってくれ。そして僕とこの世代の人たちでドラえもんを目指すよ。こうなったら俺は全ての野望を叶える。まだこの二つの野望を話したことがある人は2人しかいないけど。

スランプは抜けた。こうなりゃこっちのもんだ。今までおとなしくしてた分暴れてやる!



2003.04.05b wonderful world

徹夜後寝れるかと思いきや、夜9時前になってでかけた横浜で始まった新しい物語によって夜通し調べ物に励むこととなる。でもいいんだ、できることをやらなきゃいけない。動かなければ変わらないこんな世の中だからこそ。

朝注文していた車の部品が全て届いたのでディーラーへ。思いっきりぎこちなくコーヒーとポップコーンを出してくれたのは、WorldPeaceNowの巨大なステッカーを身につけ怖い(疲れた)顔で本多勝一を読む僕に恐れをなしたのではなく、新入社員だからだろう。そして今の僕はカーディーラーのそういう風景には無条件に微笑を返す。

WorldPeaceNowは雨天にもかかわらず1万8千人の人が集まったという。「という」、と伝聞調になってしまうのは結局調べ物と電話やFAXの嵐で参加できなかったからだ。しかし、ならば、ということでアメリカ大使館前へ。本当に多くの人が、平和というただそのためだけに、とてつもない時間と力を使っている。雨にうたれながら傘もささずにメガホンを持ってシュプレヒコールをリードするイラストレーター。声の強さは何時間たっても衰えないばかりか、常にみんなを気さくなコメディで和ませ、気持ちを一つにさせる。彼に対する言葉がみつからない。尊敬なんて言葉じゃ足りない。

これだけの人の想いが集う。流れは誰にも止められない。止めさせない。

何度でも言おう。夢に見た未来だ。21世紀だ。

もう戦争はいらない。



2003.04.05 風向きが変わった。いざ出陣!

クルマ復活!スピッツのチケット入手!



2003.04.02 負けないで

一週間ぶりにテレビをつけたら、ZARDの新曲がでるってCM。懐かしすぎて泣きそうになった。もう軽く3年は聴いてない。

何もかもうまくいかない毎日、たまり続ける仕事だけはがむしゃらに片付ける。書いても書いても書類の山。一日で積み上げた山は卒論よりも分厚く。二度とワープロソフト開かねぇ!なんて思っても、はい、明日も朝からですね。

厄年ってこんなもんなのか、って関心する。生まれてはじめての花粉症はスギのあとはヒノキに反応するし、寒さは長続きするし、事故って車壊すし、プライベートもうまくいかないし、不眠症だし、アイデア浮かばないし、戦争やってるし、また石原出馬するし、、、。書いてて八つ当たりに思えてきても、なんかおかしくねぇ?

来週の出張までに終わらせるべき仕事は、僕が2人いても多分終わらない。自業自得なはずなんだけど、とりあえずブッシュのせいにしておこう。それでROBODEXいくぞ!アトムの誕生日に合わせたロボットEXPOなんて、未来に憧れ続けた僕がいかないわけじゃないじゃないか!

それにしてもなんでZARDもリンドバーグも全部実家においてきちゃったんだろう?坂井和泉は憧れの女性で、渡瀬マキは毎週ラジオ聴いてたのに。中学の頃の歌に浸ってれば少しは俺の世界マシになるかなぁ?



戻る