過去の一言 2005.05.25 Pieces of me
非戦通信より。2005.05.24 Your Song
イスラム・メモの首都バグダード支局長は、米兵とある異常な体験をしたヒッラの 住人でシーア派のハッジ・ハイダルさん(64歳)と会った。ハイダルさんの体験談 はイラク人全てに拡がっている。
農民のハイダルさんは、収穫物を自家用のピックアップ型車に積み、首都バグダー ドのオルワト・ラシード野菜市場に売りに出かけるのが日課だった。彼は、恐れも無 く躊躇もせずに、実名を記述するよう固執した後に、語り始めた。
私に降りかかった出来事を私が、誰かから聞いたなら、「そんな馬鹿な!」とその 男を嘘つき呼ばわりしだだろうよ。でもこれは先週の金曜日に、私に現実に起きた本 当の話なんだ。
その日私は20のプラスチック箱に収穫したトマトを車の荷台に積んでバグダード に向かっていた。途中、米軍の検問所で止められ、私と同乗していた孫は車から降り るよう言われた。
一人の兵士が、トマトの箱が積んである荷台に上がり、検査を初め、別の兵士も上 がり先の男を手伝っていた。私たちが降車してから10分も経たぬうちに検査は終了 し、馬鹿に丁寧な口調で出発するよう言われた。
発車してから1分もしないうちに11歳の孫のアリーが、「荷台に上がった米兵の 一人が、トマトの箱の間に鉛色をしたスイカのようなものを置いたよ」と私に告げた のだ。米兵たちから離れたところで停車し、荷台に上がり、箱の間を探したら、なん と中型の爆弾があるではないか。その脇には10.9.8、、、、と数字が打たれた 表示盤が付いていた。私は軍隊経験があるので爆弾の形状には精通している。
極度の恐怖で蒼白になった私は、孫にすぐ車から降りるように叫び、車から離れて 300メートルほど走らせた。私自身も逃げようとしたが、生活の糧である車のこと が心配になり、思い直した。
恐怖に震え、神様のご加護を祈りながら、そっと爆弾を掴み荷台から降りた。運の 良いことに、深い穴を見つけたのでそこに投げ込み大急ぎでその場から立ち去った。 帰路にその場所に立ち寄ったら、爆弾は既に爆発していた。聞けば、件の穴に近寄っ た羊飼いが頭に傷を負い、雌羊3頭が吹き飛んだという。
あのまま爆弾を発見しないでバグダードに向かっていれば、雑踏の野菜市場か、交 差点かどこかで爆発し、抵抗勢力の名声を陥れるために、「テロリストによる自爆攻 撃」だと言われたことだろう。人にものを教えるということは、よほどその内容について良く知らない限り自分の言葉で語り教えることはできない。勉強が足りない僕には、そういう意味で深い勉強の機会となる授業の担当は得ることも多いのだけれど、それにしても面倒くさい。そして、最近ようやく思考を整理するためのツールの意義を知る。Omni社の製品はGraffleを中心によく使うのだが、Outlinerがここまで有益なツールだとは知らなかった。そのままKeyNoteに出せるあたりも最高。2005.05.21 out
いろんな覚悟が決まってくる。容赦なく流れる時に、おそらく妥協ではない諦めというものも覚えてきて、自分的には成長しているんだと思う。環境を変える必要性に強く気がついていることも、きっとタイミングなんだろう。今最も必要なのは、いや、一年後に最も必要なのは、議論ができる環境。多分。
それでいて情緒不安定で欲求不満で、相変わらずストレスフルで、悩みと心配多き五月末。
ごめんな。次から次へと仕事と期限が押し寄せる。実際のところ、仕事の効率が悪くて悪循環にはまっていることくらいは気づいている。こんなことがやりたくて生きてるわけじゃない。2005.05.18 初花凛々
かなりストレスが酷い。今年こそは、と思っていたけれど、やっぱり毎年5月と6月はダメだ。そうそう、Coccoが活動再開。なんと くるり とバンドを組んで、SINGER SONGERとしての活動。尾崎豊へのトリビュートとか、ちょこちょこ音楽活動も目にしていたけれど、この本格復帰はうれしい。この歌声、この笑顔、僕はとてもCoccoらしいと思う。久しぶりに買いたいアルバムになりそうだ。2005.05.17 ストーリーあまりに忙しくてしばらく更新していなかったけれど、世の中ではいろいろなことがあった。2005.05.03 Shangli-La
まず、中国での反日デモでの対応。反日デモで、一部(あくまで一部であることは強調すべきだろう)が暴徒化したこと、そしてそれを政治カードに利用した初期の中国政府の対応には確かに批判すべき部分もあった。しかしその後中国政府の対応は一転して徹底的な取り締まりに変わる。被害もある程度保証すると言っている。この徹底した対応には関心するものがあった。
さて、こうなってくると、もう日本人は言い訳ができない。日本は中国大使館へのペンキや銀行への銃撃などの事件について何の対処もしていない。ネット上での差別的な発言についても何の対処もしていない。その責任もさることながら、歴史を歪曲している事実をどう認識するのか。愛国教育が理由だって?ならばバンクーバーでのカナダ人をはじめとして世界中で起きているデモはどう説明する?もう、本当に日本の良心は数少ない。
尼崎の列車事故は悲惨だった。決してそれを矮小化する意図は微塵もないが、それにしても列車事故は非常に稀で、日本全国を毎日走っている本数を考えれば、0.000001%くらいの確率のうちの一つが運悪くあたってしまったのだといえるだろう。だが、憤りを覚えるのはそれが人災の可能性すらあったからである。オーバーランを隠したり、数字を偽ったり、置き石だと言ってみたり、乗客数を偽っていたり、速度を机上の空論で語ったり、ゴルフに旅行に宴会に、度重なるそういう姿勢だけみてもおかしいのに、北朝鮮さながらの日勤教育や過密ダイヤなど、JR西日本の体質の酷さが嫌というほど浮き彫りにされた。
父親が出勤して、「いってきます」と言ったのが最後の会話だったという。ゴールデンウィークには家族で帰省する予定だったという。潰れた車両に閉じ込められ、無惨な痛いとなって帰ってきた父親を前に、残された母親は強く生きていこうと、泣きながら残された子供達に語ったという。こういうエピソードを、僕らはワイドショーやニュースでここ二週間ほどみてきた。繰り返すが、この事故を矮小化するつもりは毛頭ない。だが、想像して欲しい。今回の事故の犠牲者は100余名。日本の年間自殺者は約3万人。一日でほぼ同数が自殺している。日本の自動車事故死者は8000人。一週間以内に上回る数の人が死んでいる。行方不明者もそれくらいだ。イラク戦争の民間人に限定した犠牲者も年間1万人だ。僕らは、尼崎の事故で一人一人の犠牲者の「顔」をみた。その時に胸を痛めたように、若干直接的じゃなくわかりにくいものを含めて、圧倒的に多くの命が理不尽に奪われていることに対し、感じ、考え、「顔」をみて、この社会を少しでもよくするよう思いを馳せるべきじゃないだろうか。とある場所で、「良いか悪いかは別として、戦争が科学の発展に寄与したことは疑いようのない事実だ」というような文章を見かけた。よく言われがちな内容だが、究めて近視的だ。アリストテレスが、ベーコンが、ガリレオが、ニュートンが、ダーウィンが、フランクリンが、戦争と関連して科学的功績を残したと思う人はいまい。だいたい哲学や錬金術や修道など、そもそもの科学の発展を後押ししたものは戦争などではなかった。
しかし、「戦争の世紀」であり「科学の世紀」である20世紀をみると、あたかも二回の世界大戦や冷戦において戦争が科学技術(敢えてここでは科学とはいわない)の発展に寄与しているように見える。だが、これも誤りである。実際は社会が『資本主義』となる過程において、世の中あらゆる事象を、『資本』がコントロールすることとなる。そして、『資本』が一番積極的に使われたのが『戦争』であり、結果的にそれに必要な『科学技術』も後押しされることとなったのである。よって、仮に科学には資本が必要であると結論するならまだしも、戦争が必要であるという議論は全くもって浅はかな考えであると言わざるを得ない。もちろん、『資本主義』が普遍的でないばかりか例外的な近年に特徴的なことだということはあらためてアリストテレス以降の科学者を列挙するまでもなくおわかりだと思う。
50年前にはテレビも冷蔵庫も洗濯機も、一般家庭にはなかった。抗生物質も存在しなかった。100年前にいたっては電力そのものがなかった。我々はつい近視的になりがちで、今あるものが古くから続いているものだと錯覚しがちだし、錯覚するように『国民国家』によって教育されているのだが、多くの事象はたかだか数十年のスパンでしかものを見ずに結論している、非常に特殊かつ普遍とは対局に位置するものだったりするのだ。