MARIA
by hitomi
2007.06.29
GCSI論文がアクセプト。初の二本立て論文。publishされるのが楽しみだ。GCSIとは、GC skewの強度をフーリエ変換によるスペクトル強度比と、塩基組成勾配のユークリッド距離を用いて定量化する指標。これから先やる複製関係の仕事で結構重要になる。GCSIなどの関連メソッドを実装したG-language GAE v.1.6.13は近日中にリリースします。ふとしたことでタイムリミットを意識してしまって、軽いパニック状態というか、焦りまくっている。時間がない。諦めるつもりはないけれど、でも諦めないといけないことや、取り返しのつかいのことはいくつかあって、今日も一つのタイムリミットに間に合わず、思わずうなってしまった。僕はまだ、自分という道具をうまく使えていない。
あからさまに単純すぎる理由でここのところ精神状態がかなり荒れていて、どうにもこうにも不健全。イライラして破壊的衝動がたまに襲う。そして、世の中の複雑さに八つ当たりし、呪う。
でもふと思った。あまりに単純すぎて、でもその単純さが不都合なために複雑になってしまうことがある。案外生命もそんなもんなのかもしれない。
だとすると、問題を変えて考える必要がある。すなわち、僕らはどんな答えを与えられたら、それが本当に「生命とは何か」の答えだと納得できるんだろう。それを答えだと受け入れたくない不都合な答えは、おそらくこの問いにはすでに存在している。例えば、進化するシステム、という答えがその一例だろう。まぁ進化はまだちゃんとよくわかっていないし、検証も難しいので、という点とかいろいろ考慮すべき事象はあるんだけど、何を提示されたら納得するか、は、少なくとも自分が何を提示されたら納得するか、という考えを具体化させる方向でつめる価値はある。確かに、僕は漠然とは自分が納得するであろう答えを言えるけれど、それはあまりに曖昧な、言葉にならないもやもやなイメージのつながりでしかない。
そもそも、生命を理解した、ということを納得する事は可能だろうか。なんか循環論から導き出されるのは、生命の必要条件が理解不能なこと、みたいに思えてきたから、少し考えるのやめてみよ^^;
僕を奪う全ての闇から ずっと守っておくれ by hitomi
ループ&ループ
by ASIAN KUNG-FU GENERATION
2007.06.25
しばらく更新を怠ってしまった^^;なんか忙しかったんですよ。先週は週の途中でG-language Projectの合宿(Project G3)をして、3日で出来たとは思えない出来の新アプリケーションができあがりました。いいものができたと思うので、学会などで楽しみにしていてください:)今はそれのBrush-upといろんなコラボレーションと、Inspire。毎日千行以上コーディングできていて、いい感じ。メルカトル投影にやたらと詳しくなった今日この頃。っていうかラジアンの定義忘れていた^^;arctanとかも久しぶりに使ったし。地球がカルテジアン座標だったら素敵なのに。誰だ、世界は平じゃないって言った野郎は。というわけで、もうちょっと出し惜しみするつもりだったのだけれど、すでにG-language ProjectメンバーにはInspireの一部を公開。明日の研究会の時間にProject G3ミートをコテージのオープンスペースでやるので、その時間にまわりをうろちょろしてると多分見れちゃいます。まだこれは機能の一部ですけれど。
いい感じに、何かをやろうとするとSkyline (実装済)、Bluebird、Infinity、Inspireがそれぞれ必要になってきている。ちゃんと全部出来上がれば、Gでしかできないことがたくさんでてくる。そこからできる解析やソフトウェアの可能性を考えるとドキがムネムネするぜ。
ISMBまであと22日。
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Thug Nature
by 2PAC
2007.06.17
ちょっと重大なトラブル続きでまいった。外注のトラブル、サーバ関連のトラブル、コテージでのヤスデ大量発生、そしてコンタクトのとれない学会演題登録。やっぱりよくないことっていうのはどうしてもまとめてやってきたがるもんなんだなぁ。予定は相変わらず3倍の時間がかかっている。さて、深刻にいろんなことがヤバイ。
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Devil Inside
by Utada
2007.06.14
警視庁北沢署より過去最悪の1万件の捜査資料Winny流出。(引用開始)文書の中身としては、少年事件、カジノとばくに強姦や強制わいせつ、暴力団関係者の使用車両、 恐喝事件に関する捜査書類や被疑者の携帯電話や銀行口座の解析記録などの殆どが実名入り。(中略)巡査長一人が担当できる分量や内容でない事がうかがい知れる。(引用終了)末端の巡査長レベルまで簡単にここまでの捜査資料をコピーできて、さらに情報が管理されていないで簡単に持ち出せてしまう現状。
3年前の京都府警の流出は、流出された人の実名は伏せられているし、今回の件も処分すらされず同様の扱いになる可能性が高い。そして、前回同様Winnyを悪者にするのだろう。だって、そうしなければ捜査資料をしっかり管理していない警察が悪いことになってしまうから。そういう意識レベルの人たちが(もちろん、それだけではないが)、警察をやっている。この巡査長も本当に捜査のためだけにこれだけの資料を自宅に持ち帰っていたのかは疑わしい。
社保庁システム、総額1兆4千億円 委託先に幹部天下り。内訳は、NTTデータ関連がメインで、1兆632億円。未来のための基盤になる科学技術だったり福祉だったり教育だったり、そういうものを削ってでも自分たちや大企業が肥えるシステム。そういう国が日本だ。
民主主義国家である以上、僕ら国民は、自分の権利を政府に預けている。僕らの権利が不当に扱われる時、僕らは自らの権利をちゃんと取り返さないといけない。権力が不当に奪われた時、それをちゃんと取り戻さないといけない。
参議院選が近い。少なくとも、選挙は民主主義において究極的に底辺レベルで最低ラインのアクションですよ。他のアクションはさておき、選挙すら行かないのであれば、それは民主主義を放棄していることに等しいです。もちろん、それも「自由」ですが、そうである限り不平も言わずちゃんと甘んじて結果を受け入れましょう。
ニートじゃないんだから、「でもよくわからない」とか「結局面倒」とか、「自分には判断できない」とかいって引きこもるのはやめましょう。現実を見ましょう。この世界は民主主義で動いている前提になっていて、あなたは有権者です。自分の権利を自分で行使しましょう。まずは選挙に備えて各政党の言っていることをちゃんと勉強しましょう。そして、要望や意見があったら積極的に国会議員にメールや手紙や電話をして、裁判所や警察にも要望や抗議を、気づいたときに送りましょう。とにかくまずは意見をいうことからはじめましょう。
自分達の未来を、自分達の子供たちの未来を、少しでも良くしていきましょうよ。
『留』
by te' (full title is "美しき旋律も、音を語ることを持たずしては心にも『留』めがたし。")
2007.06.14
最近怒濤の勢いでG-languageの開発を進めています。もう一ヶ月ほど前になりますが、プロジェクトの日本語での運営はsourceforge.jpのサイトに移し、メーリングリストも公開し始めました。MacOS X 10.4 (Intel)用最新バイナリも公開しています。Skyline DBという開発コードの機能による大幅なI/O高速化、G-language Shellのhelp機能などなど、多数の改良が加えられています。相変わらずsvnを公開する予定はまだちょっとないのですが、プロジェクトのアクティビティをあげてコンスタントに面白いことをやっていきたいとおもっていますのでご協力よろしくお願いいたします。さて、先日のエントリ、まぁ日本人受けはあまりしないだろうブラックユーモアなんだが、実際のところSafari 3 for WindowsはかなりのところCore Foundation系を移植していて初めて動くものなんだろうと思う。実はYellowBox(の進化版)を使ってるんじゃないかと思うけれど、まぁそれなりにAPIが必要なわけだ。そこで思ったのが、Web 2.0に関する違和感は、Webに2.0というメジャーバージョンアップを許している事な気がする。Appleの新ウェブページの技術はかなりすごいし、続々とでてきているiPhone向けアプリのデモも世界の違いを感じさせるけれど、実際のところそれほど新しい技術を使っているわけではない。javascriptへのXMLHttpRequestの実装はAPIレベルでの革新なので、これは確かに大きいけれど、それに対応するさまざまな技術ができているレベルが現状であり、XMLHttpRequestをv.1.5.xだとするならば、おそらく今は1.6.x程度。まぁcanvasタグとかGoogle gearsのdojo offlineから来ている技術周りだったりとか、バックグラウンドスレッドを使うworkerpoolだったりとか、その辺を含めて1.7か1.8くらいまで行っていると考えたとしても異論はない。でもせいぜいそのレベルだ。
実際、インタフェースとしてのウェブは、WindowsやLinuxなどのOSレベルでインタフェースにそれほど気を使っていないOSと比較して考えれば、かなりデスクトップと近くなってきている。技術的にはだいたい同じ事が実装可能で、問題はネットワークを介すI/Oのオーバーヘッドくらい。でもこれもちゃんと設計すればたいした問題ではなくできると思う。でも問題が二つある。一つが、ドラッグ&ドロップができないこと(Java appletやFlashを使って実装しているケースはあるけれどnativeなサポートじゃないし、重くて遅くてインタフェースとしては現実的じゃない)。FirefoxやAdobe AIRは将来的なドラッグ&ドラップのサポートを明確に示しているけれど、これが実現できるとウェブの世界は劇的にデスクトップに近づくだろう。この時はじめて、Web 2.0を名乗ることを僕は許せる気がする。もう一つは、WindowsやLinuxはOSレベルのインタフェースのサポートがそもそもしょぼいのでその段階でWeb 2.0になって満足だと思うけれど、MacOS Xの優れた機能(Core Audio, Core Image, Core Video, Core Animation, Resolution Independence, Quartz Graphics, Cocoa APIなどなど)が結局使えないのでは、相変わらずWebとデスクトップの乖離が大きいままだ。
で、何が言いたいかというと、このタイミングでのSafari 3のリリースは非常に合理的だ。iPhoneの戦略に見られるように、これからウェブのインタフェースがアプリケーションの大半を占めるようになることが予見される。何度でも言うが、WindowsやLinuxなど、OSレベルでインタフェースをしっかり考えていないレベルのインタフェースは、もはやWeb上で実現可能だ。(もちろん、ちゃんとネットワークオーバーヘッドを考慮したシステム設計ができる人材が必要)だとすれば、まず第一にWeb 2.0を完成させるために、ドラッグ&ドロップの実装が不可欠になる。ウェブ上でこれを実現するためには、ブラウザのシェアが必要だ。そして、新機能を魅せつけるプラットフォームが必要だ。
そして、本格的にOSレベルでの機能をウェブ上に持っていくためには、YellowBoxを使って基本的なAPIが使える上で動くブラウザを全てのプラットフォームで提供するのが一番早い。YellowBoxでAppleの基本的なインタフェースAPI(さすがにQuartz関連はOSレベルだから無理だが、Core Foundation系は提供できる)をクロスプラットフォームで動かせるようにすれば、安心してウェブにデスクトップの機能を移植していける。アップルの、いや、Steve Jobsの考え方は、綺麗に昔から一貫している。BlueboxとCarbon APIは、過去のMacOSのレガシーを引きずったために導入した妥協策で、実際はYelloBoxの方向性にあることは明らかだった。Intelへの移行によってBlueBoxが終焉した今、10年前にRhapsodyで最初に計画していた通りの進化をとげているMacOS Xが向うべき方向の一つは、Yellow Boxだろう。(もちろん、開発言語はJavaじゃなくなっているだろう:)
Leopardはどうやら「キーボード」と「マウス」から離れようとしているみたいだし、ハードウェアでもソフトウェアでも、そして見た目でも、まだまだインタフェースの革新が続きそうだ。そして、数年後の本当のWeb 2.0の胎動を感じられる今はかなりエキサイティングなタイミングだ。Jobsが考えているであろう次世代のMacintoshも。案外本当にOS Xは10.6くらいで終了して、次の世代に移るかもしれない。ボヤボヤしてられないよ、このスピードにはついていくだけでもそれなりに大変だ。既成概念のせいで新しい概念に対応できないと、古いパラダイムは一気に過去のものになってしまうから。
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Web 2.0 & Windows再考
2007.06.12
Web 2.0は、ウェブに持っていっているだけで目新しさだけを追いかける、中身のないユーザビリティが結局低いだけの流行だと思っていた。Windowsは作り込みが甘く、ロクなOSではないと思っていた。
僕が間違っていたようです。みなさん、ごめんなさい。
これの"Watch the Demo"を最後までみてみてください。Windowsでもかっこいいインタフェースやスムーズなアニメーションは作れるんですね。今まで知りませんでした。マイクロソフトの開発者がしょぼすぎるだけだったようです。ごめんなさい。
これの右上の検索窓で、好きな単語(iTunesとか)を検索してみてください。ウェブ上でも使いやすくてサクサク動くインタフェースは可能なんですね。今まで知りませんでした。Googleの開発者がしょぼすぎるだけだったようです。ごめんなさい。
というわけで相変わらずマイクロソフトとGoogleはしょぼいと思いますが、Web2.0 とWindowsに関しては考えを改めます。
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フォノスコープ
by スガシカオ
2007.06.11
さて、4月末にGIANTのCR3400を購入して、ツーキニストを一ヶ月以上やっている。だいたい往復20kmの距離なので、昼間の時間帯は車と時間はほとんど変わらないし、金はかからないし、運動不足解消になるし、何より天気や季節を肌で感じられて気持ちがよくて楽しいし、いいことづくめ。ただ、授業があってジャケット着る日と雨の日は車で通勤。一ヶ月以上続けてみて、だいぶ衰えきっていた体力と筋力が戻ってきた。最初は肩と背筋の筋肉痛がやばかったけれど、もう全く感じないし、坂道も苦にならない。仕事にも体力がついたことでいい影響が感じられる。自由に走れない首都圏の昼の道路は運転していても楽しくないし、雨が降ると最近は自転車に乗れない事が残念にすら思える。いい傾向。
ここのところISMBという大きなタイムリミットに追われて、がむしゃらに研究を進めている。そして、やればやるほど、力不足を感じる。少なくとも今の3倍の力が欲しい。そのためには、あと3クール分勉強が必要だ。
頭の痛い問題もあるけれど、まぁ頑張ろう。このスピードに自分が追いつけないようじゃ、楽しくない。
考えてみると、もうだいたいあれから一年で、その一年という時間の長さに少し驚いた。
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くればいいのに
KREVA feat.草野マサムネ from SPITZ
2007.06.09
時間がない。こんなに危機感を感じるのは、博士課程を早期終了しようと焦っていた2年目の12月以来な気がする。とにかく時間がないぞ。少なくとも3つのメジャータスクが夏期限なんだよね。あ、そういえば二つほど論文放置しているけれど、、、。これもメジャーっちゃメジャー。こういうことがわかってくるから生物学は面白い。僕の大好きな酵素「RecBCD」は、大腸菌内でChi配列という8塩基のオリゴ配列を認識して、そこから先の配列を使って相同組換えによる修復を行う。Chi配列というのは大腸菌内で普遍的に存在する、大腸菌が特異的に多く持つ配列。よって、このChi配列を認識することで自己を守り、Chi配列を持たない外来のDNAは、組換えに使わずにぶった切るということをやってみせる。逆に大腸菌を標的とするラムダファージというウイルスは、自分のDNAを大腸菌ゲノムに組み込ませるために、Gamというタンパクを使ってRecBCDの活性を阻害して、自分のDNAが切られないようにする。この研究ではGamの立体構造を明らかにし、GamというタンパクはDNA分子を擬態することによって、RecBCDがこれをDNAだと勘違いして(分子なので意志があるようにいうのは語弊があるけれど)くっついてしまうということらしい。
でも、逆に、ガンマ線照射によるDNA損傷の修復はRecBCD-Gam複合体の方が効率が良いことも知られていたりして、まぁこれはちょっと複雑な事象なんだけれど、数万年?もっと?続くウイルスとホストの熱い攻防戦は観戦しがいがある。
この論文で、一つ点と点が繋がった。いやー、楽しい:)
正宗さん、やっぱり最高!
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ロックンロール
by くるり
2007.06.05
関越道の下り、赤城付近の上り坂に、「死亡事故 五割は速度超過」という横断幕がある。まぁ、よくあるゴキブリ(警察)のくだらない警告のつもりのようなものなんだろうが、いろいろおかしい。まず、速度は超過するかしないかの二通りしかない。よって、「死亡事故 五割は速度超過」は、「死亡事故 五割は法定速度内」なわけである。つまり、「死亡事故」が起きる時、速度を超過しているかいないかはフィフティー・フィフティーなわけだ。これだと全く何を言いたいのかわからず、税金で下らない横断幕を作るのは是非やめていただきたい、と思うわけである。
しかし、実際は高速道路は速度を守って走っている人とそうでない人の割合が同じではない。速度を超過して高速道路で走っている人が例えば10%しかいないのだとすると、死亡事故が起きる確率が等しく5割なら、速度超過をしている人の方が10倍近く死亡事故が起きやすいことになる。しかし、赤城IC付近の制限速度は80km/h。高速道路にしてはこの速度は明らかに遅く、経験的に僕はこの付近ではむしろ5割以上の人が速度超過をしていると思う。残念ながらデータで証明できないが、仮にそうだとすると、ゴキブリは速度超過をした方が安全だと言っているわけで、わざわざ横断幕を作って自らの無能さをアピールしているとも考えられる。いずれにしても、税金でくだらないことをするのはやめていただきたい。
さて、しかしそもそも高速道路を運転するのは安全である。年間約6500件の交通死亡事故の60%は一般道路で起きている。まぁそれでも年間6500人も死ぬことがわかりきっているシステムなので問題であることは言うまでもないのだけれど、自動車保有台数が100倍にもなっているにも関わらず、1953年の死者5544人に対して昨年度の交通事故死者は6352人。ここ10年はコンスタントに事故死者は減り続けているわけだし、自動車の安全対策などの技術革新がちゃんと進んでいることがうかがえる。さて、肝心の速度超過と死亡事故の関係だが、警察庁の公表資料(PDF、22ページ参照)から見ると、圧倒的に不注意が多く、最高速度は2割程度である。高速道路限定の統計でも2割未満であり、だいたい一致する。そうすると何かがおかしい。「死亡事故 五割は速度超過」は一般的な統計としては、道路の種別的にみたとしてもおかしい。とりあえずここはゴキブリを信用してやると、「関越道では」、あるいは「赤城付近では」速度超過が5割だということになるだろう。しかし、だ。全体で2割のはずの現象が「関越道では」「赤城付近」では5割だとするならば、これは明らかに異常事態だ。群馬県の走り屋が暴走したがるのかもしれないが、普通に考えて、80km/hという制限速度が非合理的だと考えるのが普通じゃないだろうか。ここだけが速度超過で死ぬ人が多いというよりは、制限速度が低すぎるために速度超過になる割合が大きいと考える方が自然だ。
まぁ、いずれにしても警察は泥棒のはじまりのようなもんなので、真に受けるだけ時間の無駄ですかね。(とはいえいい警察官もいることは承知)
別件のリンク:松岡事件のニュースがどんどん消去されている
いい日旅立ち
by 山口百恵
2007.06.03
はしかによる休講と週末を利用して、鶴岡経由で秋田旅行に行ってきた。半分その場の思いつきとノリって感じだったけれど、数百キロの距離ならノリでいけちゃうところが僕のいいところだと勝手に思っている:)というわけで向ったのは青森にも岩手にも近い田沢湖から山を登っていったあたりの、乳頭温泉郷の、秘湯として名高い(らしい)鶴の湯。
驚くほど何もない秋田の道をだいたい150kmくらい進み、何もない田沢湖を一周し、舗装されていない国有林の山道を登り、大自然に抱かれた見るからに趣き深い小さな温泉の郷。こんなところに数百年前にこんなものを作った人間と、それを数百年そのままの姿で今に伝える人たちには本当に頭が下がる。天気は当然素晴らしすぎるくらいの快晴。最高に気持ちのいい緑豊かな山の中、秘湯で過ごすのどかな時間。
ここの温泉はお湯が白い。広い混浴の露天風呂は景色も良くて最高。ただ、そもそも熱いお湯が極度に苦手な僕には露天風呂はなんとかなるんだけれど、屋内の白の湯と黒の湯はちょっと熱すぎでした^^;朝一で到着し、のんびり昼寝とかしながら昼過ぎまで過ごし、山菜料理と山の芋鍋などを いろりを囲んでいただく。心が安らぐなぁ。
帰り道角館に寄り、武家屋敷をみたり、茶屋できりたんぽ食べてみたり。秋田は基本的になんもない感じだけれど、その何もない良さを感じられる場所だと思った。忙しくせかせかしている毎日、こういうのも悪くないですよ。写真は武家屋敷の塀にかかる楓。
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空を描く人
2007.06.01
昔はそんなに意識したことがなかったのだけれど、田園風景は美しい。見渡す限りの地平に広がる初夏の水田には、まだ田植えを終えたばかりの低い苗が水面に元気に顔をだしている。「水田」とは良く言ったもので、背の低い稲が立つ今の時期の田圃はあたかも平らな池のようで、穏やかなその みなも は鏡のように風景を映しだす。晴天にはその紺碧の空と遠くそびえる山の姿を、夕焼けには一面に燃ゆる紅を、そして月夜には長く帯のように続く、月光の小径を。
国道8号を長岡に向かって上る道すがら、休憩に立ち寄ったコンビニから眺めた水田は、ちょうど暮れはじめて淡いピンクに染まりつつある、一筋に空を斜めに横切る雲を映していた。見上げると、空がパステル調だけれど色とりどりで、優しい温もりのある表情をしていた。そして、ふとエルベン先生(ミスター・エルベン)を思い出した。
中学の時に父の仕事の関係でスイスに住むことになり、チューリッヒにあるアメリカンスクールに通いはじめた。英語なんてまるで出来なかったから、最初の半年は午前中は授業を免除にしてもらい、市内の語学学校に通い、午後から学校で授業を受ける毎日。でも全く言葉がわからないので、授業にでてもさっぱり意味不明。でも、そんな状況でもなんとかついていける授業が二つだけあった。一つは外国人向けに英語の基礎の基礎を教えてくれるESL(English as a Second Language)の授業。もう一つが美術。奇しくもこの二つの授業の担任、ESL担任のミセス・エルベンと美術担任のミスター・エルベンは、夫婦で教師をやっていた。ミセス・エルベンは分かりやすく、そして根気づよく、優しく、全く英語のわからない僕につきあってくれたし、どんなに言葉につまったりうまく話せなくても、いつも最後までしっかり話を聞いてくれた。ミスター・エルベンはどちらかというと寡黙なおじいさんで、黙って画材を与えてくれて、たまに見回りにきてくれては一言か二言、僕の絵をほめてくれた。ミスター・エルベンは二匹のオールドイングリッシュシープドッグ(白い長い毛におおわれた、ちょっと熊みたいな大型犬)、ミスター・エルベンくらいありそうな大きなのが一匹と、僕よりもだいぶ小さかった子犬が一匹、を飼っていて、なんだかあまり話さなくて動作もゆっくりとしているミスター・エルベンも含めて三匹のオールドイングリッシュシープドッグがいるような感じだったけれど、そんな美術室は心少ない落ち着ける場所の一つだった。言葉が通じないから友達もできなくて、授業も成績は最悪、語学学校と中学とを行き来して、家に帰ってからは両方の宿題と予習、それに加えて少しでも英語を覚えようと、字幕付きのテレビ放送にかじりついていた。そんな中で、ミセス・エルベンは言葉で、ミスター・エルベンと彼の犬たちは言葉じゃない何かで、僕に居場所を与えてくれていた。
半年が過ぎて僕もだんだん英語に慣れてきて、語学学校にいかなくてもよくなってきた。少しだけれど友達もできてきた。さらに半年がすぎると、僕はESLを卒業して、普通の英語の授業に入ることになった。すでに数学だけは飛び級をしていたし、成績も上位に入れるくらいになっていた。でもちょうどこの頃ミスター・エルベンが引退され、ESLを卒業したことでミセス・エルベンと顔を合わせる機会も少なくなった。
高校生になって少し立った頃、ミセス・エルベンから手紙がきて、そこにはミスター・エルベンの絵画の個展が開かれるので時間があったら見に来てほしい、という案内が入っていた。たぶん2年くらい連絡もしていなかったからとても懐かしくなって、ちょと自分のことだけにかまけて連絡もしていなかったことを恥じながらも、僕は個展に足を運んだ。
ミスター・エルベンの個展はチューリッヒ北西の大学の近くにある、こじんまりとはしているけれど綺麗で落ち着いたギャラリーで、受付の女性に案内状を見せて、僕は中を見て回った。美術室で犬とぼーっとしているミスター・エルベンしか知らない僕は、ギャラリーにところせましと飾られた数々のスケッチや静物画、そして、多くの水彩画を見て、芸術家としての彼にその時初めて出会い、かすかな戸惑いにもにた不思議な驚きを感じながら、次第に彼の世界に引き込まれていった。そしてギャラリーの二階にのぼった時、思わず息を飲んだ。
そこには一階の小さいものとは違い、大きな縦長の額に飾られた水彩画が並んでいた。どれもが、ただ「空」を描いていて、あたかもそれが「空」であることを示すためであるかのように、下の方にほんの僅かだけ、シルエットみたいな地平線上の建物が描かれている他は、ただ「色」があるだけだった。でも晴れた冬の海だったり、曇った秋の街の夕暮れだったり、その「色」だけの画はいろいろなものを想像させて、僕はしばらくその画を眺めていた。
ギャラリーの一階に戻ると、いつのまに来たのか、ミスター・エルベンが彼の犬に両脇を囲まれて座っていた。僕は、お久しぶりです、ミセス・エルベンから招待されてきました、と挨拶し、彼の見る空が好きだ、と告げた。ミスター・エルベンはそのゆっくりとした動作で軽く頷き、少しこちらを見上げるようにして、「空はいつでも同じことがなくて、常に違った姿を見せてくれる。空は描くたびに新しい。」と、一言。
あれ以来、僕はふとした時に空を見上げ、その時の空の表情をみるのがクセになった。ついつい空だけを写真に写してしまうことも少なくない。ミスター・エルベンと彼の犬は今もチューリッヒの空を見上げているだろうか。水田に映った空を見ながら、そんなことを思った。
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