Miss You (Free Tempo Mix)
m-flo loves melody. & 山本領平
2009.11.27
なんかここんところ運が悪い。とれるはずのクジを外したり、数え上げると20くらいは何かと思い当たることがある。まぁ、そんなこともあるさ、と流せばいいんだけれど、それなりに一個ずつ悔しい思いをするもので。いまのところ体調的に出せる力は30%くらいか。回らなくなってきているのでさっさとあげていかないと。
Bio::ECell 0.10 released
2009.11.24
もはやどこにアナウンスしていいのかわからなくなったので、こちらで^^;CPAN: Bio::ECell 0.10をリリースしました。E-Cell 3.1.107対応と、ドキュメントの充実、インタフェースの簡易化、ecell.analysis.emlsupportのデフォルトでの対応などが盛り込まれて少しずつ僕のソフトっぽい「おもてなし」系実装を含めています。年度末までE-Cell関連ソフトウェア強化キャンペーン中の予定なので、これからも順次アップデートしていきます。
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Generator
by Foo Fighters
2009.11.18
17日分も文科省関連のものを中心に、事業仕分け数時間分を全て聴いた。基本的な感想は13日分と大差ないので各論は省く。ここでは全体に関して思うところを述べておこう。結論から言えば、基礎研究の予算が削られる方向になってしまっていることは遺憾とはいえ、行政刷新会議による事業仕分けは大変意義のあることだったと考えている。そして、その一番の理由は、日本において久しぶりに民主主義が垣間みれたからだ。まず、本会議の目的は既存事業に無駄がないかを確認することであり、基本的に政府与党の政策(極論すれば基礎研究を軽視しているなど)とは直接的な関係がない。無駄があるかどうかを調べ質問する財務省・与党からなる「仕分け人」と、弁護側の省庁官僚が議論をし、予算の妥当性を討議する場である。つまり、原告と被告がいる法廷に似ているし、形式的にはディベートなのである。「仕分け人」は無駄の可能性をポリシーとは原則無関係に指摘し、弁護側はそれに対してディフェンスをしなければいけない。基本的にはただそれだけのことで、予算編成がされるのであれば、当然このような討論はなされているべきものだ。
だが、蓋を空けてみると、「仕分け人」(特に財務省)が非常に良く準備をしていたのに対し、弁護側の官僚(僕が聴いていたものでは文科省関連)があまりにも無知であった。これはつまり、今まで、おそらく自民党政権の1955年以来、ほとんど官僚は議論・吟味すること無く予算を編成し、その内容に関して深く勉強することもなく行使していたことを意味する。多くの事業において中間となる財団の存在が浮き彫りになったし、一社入札や監査体制の杜撰さも露呈した。根本的問題を解決するためではなく、場当たり的な事業設計も目立った。僕は全部ちゃんと議論の経過を全部聴いてみたからこそ、少なくともあの場の討論の結果、予算が減らされる結果になっても仕方が無いとしか思えない。つまり、弁護側(文科省官僚側)のレベルは本当に悲惨なものだった。
昔このサイトでも何度も書いたが、討論(ディベート)というものは、その場に立った段階で勝負は決まっている。どれだけその場に立つ前に、相手側の議論を想定し、裏の裏の裏、そしてそのまた裏くらいまで反論できるよう準備するかに勝負の全てがかかっている。ある程度普段からしっかり考えて行動していれば、特別な準備をせずとも議論はできるはずだ。だが、文科省は少なくともそうではなかった。そして、真逆の好例もちゃんとあった。事業内容をしっかりと理解し、討議に臨んだ科学未来館の毛利館長は、仕分け人の質問全てに適切に応え、的外れな指摘はバッサリと切り返し、見事に彼の主張を通した。議論とは、少なくとも討論とは、正にかくあるべきである。民主主義は、人と人との議論からはじまる。ただ、議論できるためには相応の準備や教養が必要なのだ。これまで予算に無駄があり、深い議論がなかったことは浮き彫りにされた。そして、それに対して過酷な予算削減が言い渡された。だが、今回痛手を感じたからこそ、次年度の事業仕分けではさすがに文科省もちゃんと準備をするだろう。そして、次回はきっちり対等な討論をできるようにしてきてほしい。ライフサイエンスに関しては日本ディベート協会元理事の北野宏明氏あたりを弁護人に起用したりすると大変面白いのではないか。議論が議論としてちゃんと機能するようになれば、正しい未来に向けて民主主義が回り始める。
と、ここまでは客観的に官僚制度に対するメリットだが、実際には基礎研究予算が減らされることは国家の未来を考える上で大きな打撃である。(ちなみに、とはいえ、個人的には仮に基礎研究予算が1年間減ることになったとしても、ちゃんと議論ができる国家になるためのコストとして考えれば、安いとは言わないが相応なものではあると思っている。)そういう打撃があったらどうするか。民主主義では政府が権利を不当に占拠したら、国民は路上を占拠しなければいけない。すなわち、政府の決定に対して抗議・行動していかなければならない。選挙なんていうのはほんの一部分で、そのアクションこそが民主主義である。だが、今までの日本だと「お上」の決定には不平を言いつつも行動を起こさないのが普通だった。でも今回は会議が公開されていて、しかも現段階では法的拘束力がない(変わる可能性がある - これは自民党政権では考えられなかったことだ)ので、さまざまな研究者が、そして学会が、抗議行動に動いている。このスピードや盛り上がりも、イラク侵略の抗議以来見たことがなかった。なんというか、日本にも民主主義がちゃんとあることが確認できて少しほっとしたというか、未来は安泰なのかもしれないとすら思えた。
僕らは少なくとも今、「民主主義」という制度をこの日本という国で選んでいる。黙っていれば「お上」がなんでもやってくれるわけではない。みんなが考え、議論して、行動して、未来を作っていかなければ、「民主主義」はなしえない。でも少なくとも今回の行政刷新会議による公開の事業仕分けは、それができる可能性を見せてくれた。それこそが、今回の一番の意義で成果であったのだと思う。
ちなみに、誤解がないよう繰り返し言っておきますが、個別の予算に対する要求や抗議などは、僕は普段からそれなりに政治活動やってますが、今回もやっていきますよ。基礎研究予算削減ということ自体は遺憾に思っています。官僚が無能なせいで討論に負けて予算を減らされたわけで、現場のイチ研究者としてはとんだとばっちりです。
南京・史実を守る映画祭(前売り券発売開始!)
2009.11.17
南京・史実を守る映画祭、ウェブサイトが正式オープンしました!そんでもって、前売り券の発売も開始しました。当日券よりかなりお得になっていますので是非ともご購入ください。
もう一昨年になりますが、2007年は南京大虐殺から70周年という節目を迎えた年でした。おおよその人間の寿命を考えれば、いよいよ当時のことを生きて知る証人も残り少ないことが明らかです。そんな折りに、この史実を忘れさせてはいけない、ということで、世界中で数多くの映画が製作・上映されてきました。アメリカの「Nanking」、カナダの「アイリス・チャン」、日本の「南京・引き裂かれた記憶」、オーストラリアの「チルドレン・オブ・ホァンシー」、ドイツの「ジョン・ラーベ」、そして中国の「南京!南京!」。これらの映画はそれぞれ世界中で多くの賞を受賞し、多くの人に感動を与えて来た作品です。
が、しかし。待てども待てども、これらの映画が日本で上映されることはありませんでした。
確かに、祖国が過去に犯してしまった罪と向き合うのは容易ではありません。目を背けたくなる気持ちも理解できないことではないです。ただし、それが史実である限り、私たちはそれと向き合わなければ未来は築けません。そして、何より、自主規制的に上映をしないことで、素晴らしい作品が世に出ないことは、表現の自由を持ち出すまでもなく、芸術を、映画を愛するものとして、悲しいことではないでしょうか。
だから私たちは映画祭をやることにしました。上映権を獲得し、字幕を作成し、素晴らしい会場を借り、南京大虐殺から丁度72年後の12月13日に、東京都世田谷区にて、4本の映画を上映します。是非この休日に、みなさんに未公開映画を楽しんでいただきたいと思っております。ご来場を心よりお待ちしております。
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ミルク
by Chara
2009.11.13
Pathway Projectorの論文がようやくpublishされました。要求分析を含めた、ソフトウェアペーパーとして力作になっていると思います。河野君大変おつかれさまでした:)行政刷新会議「事業仕分け」で理研のペタコンが見送りに近い予算縮減になったわけだが、実際のやりとりを見ると、そんなに他人事でもないとはいえ、客観的に見て弁護側の議論が圧倒的に弱い。もちろん、政府側はある程度廃止を前提に構えている部分も目につくけれど、1番でなければどうなのか、とか、NECなどの撤退による変更だったりとか、準備できるはずの議論で押されているのはディベート的にはいただけないなぁ。基本的には、1位になれなかったときのリスクヘッジ、スカラー・ベクトル複合構成からの変更のリスクヘッジなど、計画にリスクヘッジが考えられていないとしか思えない応対だった。というわけで予算削減もいたしかたがないとしか言えない。
一方で、未来館の方は報道が間違っているなぁ。予算削減だけれど、ピンハネをしている未来館の経営母体である科学技術広報財団の効率化部分で予算を削り、より主導権を毛利さんに与える決断。これは本当に素晴らしい。予算削減だけれど実質毛利さんの圧勝。毛利さんのプレゼンも素晴らしかった。さすがだよなぁ。
競争的資金(若手研究者育成)はほとんどがポスドクの雇用に関する問題。しかし、だからといってここでPDを無くしたらそれはそれで大変だと思うが、まぁ1時間じゃ議論できないよなぁ。若手は基盤に応募しろ、という話で、審査の段階で考慮しろ、という話だが、そもそもならば科研費総額を大幅にあげてもらいたい。
理研 Spring-8などは収益に話がいっているが、そもそも基礎研究はそういうものではない。それを理解していないのも悲しいところだが、イマイチ説明もうまくいっていない印象。準備がやはり足りないかなぁ。
とんちんかんな話が全くないわけではないが、全般として、仕分け人の議論と論点はそれなりにしっかりしている。外部識者を仕分け人に招集しているし。行政刷新会議の本気度が伝わっていなかった分弁護側の準備が全般的に足りていない印象。これは是非継続的にやって、次回以降密な議論をやれたらいいと思う。もちろん、削減だけでなく、追加分を含めて。
全部で4~5時間聴くのに使ってしまったが、それなりに得る物はあったかな。
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遥か
by Spitz
2009.11.12
例えば、仕事に追われて過ぎ行くいつもの同じような毎日があって、毎週毎週かわりばえがあるわけじゃないにしても、一ヶ月に一度とか、一年に一度とか、特別な出来事に僕らは出逢う。もっと特別なことには、例えば二年に一度くらいしかお目にかかれないかもしれない。僕があと何年生きることを許されているのかわからないけれど、例えば40年余生があったとして、一年に一度の出来事はあと40回。二年に一度ならあと20回。これを20回も、と考えるか、20回しか、と考えるかは難しいところなんだろうけれど、だからこそ精一杯生きなきゃって思う。僕はやっぱりまだまだだな、と思うから、だから、もっと。
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